ブローニング・アームズは、天才銃器設計者ジョン・ブローニングが興した、アメリカの銃器メーカーです。この記事では、会社の成り立ちと代表的な製品を整理しました。
ブローニング・アームズの要点
- 創業者は、ユタ州オグデン生まれのジョン・ブローニング
- ベルギーのFN社とは、別会社である
- 日本のミロクとは、1966年から提携している
- 代表作は、レバーアクションとポンプアクションの銃
ブローニング・アームズについて
ブローニング・アームズ(Browning Arms)は、発明家・銃器設計者として世界で名高い、ジョン・ブローニングが設立したアメリカ合衆国の銃器メーカー。
社名はブローニング・アームズですが、日本では「ブローニング」と略されることも多いです。そのため、検索するときは両方の呼び名を覚えておくと便利です。
ベルギーのFN社の傘下に入り一部の製品を共同生産しているため、FN社と同一会社扱いを受けるが全くの別会社となっている。高知県の猟銃メーカーであるミロクとも、1966年に提携して現在も一部の小銃や散弾銃を、同社がライセンス生産している。
つまり、名前は似ていても、経営は別々です。そのため、FN社の製品と混同しないよう注意が必要です。
ジョン・ブローニング氏
ジョン・ブローニングは1855年にアメリカユタ州のオグデン生まれ。18歳の時には銃の修理など父親の仕事を手伝うようになった。父親の銃砲店を引き継いだジョンは24歳の時に、レバーアクション式単発ライフルを開発し特許を取得している。
その後、父の店を継いだジョンは、すぐに設計の才能を発揮します。そのため、若くして特許を取得できたのです。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1855年 | ジョン・ブローニング誕生 |
| 1879年 | 父ジョナサンが死去 |
| 1883年 | ブローニング兄弟商会を設立 |
| 1885年 | ウィンチェスターM1885が登場 |
| 1886年 | ウィンチェスターM1886を発売 |
| 1890年 | ポンプアクション方式を考案 |
レバーアクションライフルの販売
1879年に父親のジョナサンがこの世を去ってしまう。その後の店の経営方針を話し合い弟のマシューの提案により生計は銃の修理に限定、それに平行してジョンの開発したレバーアクションライフルを販売しようという事となった。3年後、ジョン自ら開発したレバーアクション式ライフルの販売をオグデンを中心に始めた。このライフル銃は当時それなりに高評価を得た。この銃に注目したのが当時、銃器販売で有名であったウィンチェスター社のセールスマン、アンドリュー・アクアウスランドであった。このユニークなライフル銃に注目したアンドリューは社長のトーマス・G・ベネットに対しこのライフル銃を郵送した。ベネット自身もこの銃に大変感心し、当時ウィンチェスター社があったコネティカット州ハートフォードから大陸横断鉄道に乗り、自らジョン・ブローニングに会いに行った。その後この単発ライフルの在庫品と特許を8000ドルでの買取に成功し、その後ウィンチェスター社ではレバーアクションライフルの製造を開始した。これが1885年に登場するウィンチェスターM1885である。
ウィンチェスターM1886のヒット
ウィンチェスター社との交渉の末、特許の売却により大金を得たジョンらは1883年に「ブローニング兄弟商会」の名称で銃砲店を設立した。店内での営業は銃器販売を主として銃の調整から修理、さらに釣り具も販売されていた。自らの店を持ったジョン達はその後、店での役割人事としてジョンは銃の設計開発に専念し、マシューが経営管理、その他の兄弟達はそれまで販売してきた銃の修理や製造を行うこととし、店の経営状態もそれなりに順調に進めることが出来た。その後ジョンは新たにレバーアクションライフルを開発し特許を取得している。外見上はウィンチェスター社が製造したウィンチェスターM73とそっくりな物だが内部構造が二つのロッキングブロックを使用しボルトを閉鎖するといったM73に比べて頑丈で故障の少ない設計になっていた。弾薬はそれまで単発式ライフルで使用していた45-90弾を使用することが可能で、改良型では50-110-300弾(0.50インチ口径)といった大口径弾を使用できた。この新型ライフルもウィンチェスター社はブローニングから50,000ドルで買取り、ウィンチェスターM1886として販売されるようになった。このM1886は1886年から1932年までの間に総製造数約16万挺製造されることとなりウィンチェスターでは空前のヒット商品となった。
世界初のレバーアクション・ショットガン
M1886の製造権をウィンチェスター社に売りこんだ1884年にジョンとマシューはベネットからの招待を受け、ベネットから新たにレバーアクション式のショットガン製造の話を持ちかけられる。ジョンとマシューは2年以内には出来ると答え研究を開始し、八ヵ月後の1885年の6月に特許申請を行ない、ウィンチェスターに売りこんだ。これが世界初のレバーアクション・ショットガンであるウィンチェスターM1887である。
このように、ジョンの設計は、次々とウィンチェスター社の主力商品になりました。
M1887は、当時としては珍しい、レバーで装填するショットガンでした。そのため、ポンプ式が普及するまでの間、狩猟や護身用として注目されました。
ブローニング・アームズ発のポンプアクション方式
ジョンは、ショットガンの機関にはレバーアクションとは違う別の作動方式が向くと考えていた。そこで1890年に新たに彼が考え出した機関部が後のショットガンの機関部として有名となる「ポンプアクション方式」である。このポンプアクション機構を取入れ撃鉄を露出させた有鶏頭型ショットガンを開発している。この銃はその後ウィンチェスターM1893として世に売り出された。M1893は改良されウィンチェスターM1897としてアメリカを中心に大々的に売られる事ととなりM1897はその後ウィンチェスター社の銃技師であるトーマス・C・ジョンソンによりさらに改良が加えられ、1912年にウィンチェスターM1912として1943年まで製造されることとなった。
結果として、ポンプアクションは、現在のショットガンの標準的な作動方式になっています。
このようにジョンの発明は、1800年代の終わりから、世界の銃づくりに大きな影響を与えました。そのため、現在も多くの設計者が、彼の仕組みを参考にしています。
ブローニング・アームズの代表的な製品
ブローニング・アームズの製品は、拳銃から機関銃まで幅広く、下表のとおりです。なお、記載は2018年12月の掲載時点です。
| 種類 | 主なモデル |
|---|---|
| 拳銃 | M1900、M1910、ハイパワー |
| 小銃 | A-BOLT、X-BOLT、BAR |
| 散弾銃 | オート5、BT-99 |
| 機関銃 | M2、M1919 |
- 拳銃
・M1900・M1903・M1906・M1910・M1922・M1935
・スタンダード ターゲット ピストル
・マッチ ターゲット ピストル
・BDM (en)・ハイパワー・バックマーク (en)・ベビー
- 小銃
・A-BOLT (en)・X-BOLT・オート22・BLR (en)・BAR
- 散弾銃
・オート5・スーパーポーズド (en)
・ゴールドストーカー・シナジー・BT-99
・M2・M1917・M1918 BAR・M1919
機関銃のM2は、現在も各国の軍で使われています。詳しくは、下の関連記事で解説しています。ただし、記載は掲載時点の内容です。
ここで紹介した写真は、いずれも当時の銃や軍用の機関銃です。そのため、デザインの違いを見比べると、時代ごとの変化が分かります。
ブローニング・アームズのQ&A
Q. ブローニング・アームズとは何ですか?
ジョン・ブローニングが設立した、アメリカの銃器メーカーです。また、ベルギーのFN社の傘下に入り、一部の製品を共同生産しています。
Q. FN社とは同じ会社ですか?
同一会社として扱われることがありますが、全く別の会社です。そのため、経営は別々に行われています。
Q. ミロクとの関係は?
高知県の猟銃メーカーで、1966年に提携しました。現在も、一部の小銃や散弾銃を同社がライセンス生産しています。
Q. ジョン・ブローニングとは?
1855年にユタ州のオグデンで生まれた、世界的に名高い銃器設計者です。また、父の銃砲店を継ぎ、24歳でレバーアクション式単発ライフルの特許を取得しました。
Q. ウィンチェスター社との関係は?
ジョンの特許を、同社が買い取りました。そのため、M1885やM1886などは、ウィンチェスターの名で売られました。
Q. 世界初のレバーアクション・ショットガンは?
1887年のウィンチェスターM1887です。また、ジョンとマシューの兄弟が、特許申請から売り込みまで行いました。
Q. ポンプアクション方式とは?
1890年にジョンが考案した、ショットガンの作動方式です。さらに、その後M1893やM1897へ発展しました。
Q. ブローニング・アームズの代表的な製品は?
拳銃ではハイパワー、小銃ではBAR、散弾銃ではオート5があります。また、機関銃のM2も知られています。








